どこまでも続く真っ赤な鳥居。
その中をたった一人でふうふうと息を切らしながら歩いている女の子がいました。
彼女の名前は葵。
京都に10年以上も住んでいるのに関わらず「いつでも行けるし」という地元の人にありがちな感覚で、京都観光などロクにしたことがなかった彼女でしたが、この日は珍しく伏見稲荷大社に来ていました。
外国人旅行客人気ナンバーワンに輝いたと話題になり、友人に「1回ぐらい行ってみようよ」と誘われたのです。
初めて足を踏み入れた葵は、その鳥居の数に圧倒されました。
「なるほど…これは確かに観光客の人気スポットになりそう…」
まるで、異世界へ吸い込まれてしまうのでは、と思えるような不思議な空間が、連なる鳥居によって作り出されていました。
友人たちと一緒に鳥居の中を進んでいた葵でしたが、鳥居の迷宮に圧倒されて立ちすくんでしまい、ぼうっとしていたら、友人たちを見失い、はぐれてしまいました。
「え、どうしよう…」と言いながら一人で息を切らしながらひたすら鳥居の中を進む葵。
ただの1本道ではなく、いくつか分かれ道もあり、迷子になってしまいました。
不安でいっぱいの葵の耳にガサゴソという音が飛び込んできました。
「え!?何!?動物?」
葵が勇気を出して音のした方を見ると、小さなキツネがカラスに襲われているではありませんか。
「ちょっと!コラ!離れなさい!!」
とっさにカラスに向かって大声を上げて、そちらの方に突進していった葵は、自分でもどうしてそんな勇敢な行動に出る事ができたか分かりませんでしたが、とにかくカラスは飛び去り、キツネを助ける事ができました。
「あー、怖かった。お姉ちゃん、どうもありがとう」
キツネにお礼を言われて、葵は一瞬空耳かと思いました。
もしくは、自分が勝手にキツネに成り代わってキツネの気持を代弁したかとも。
「お姉ちゃんは…迷子…?」
「しゃべった…!」
ようやく目の前のキツネが話していると理解して、葵はとても驚きました。
「うん、がんばったんだよ、人間の言葉」
てへへ、と照れ笑いするキツネを見て、葵は(頑張ればできるようになるのか…?)と内心信じられない気持ちでしたが、話しているのは事実、そしてどうやら理解しているらしいというのも事実でした。
「ボクはマッチャ。助けてくれたお礼に、お姉ちゃんを皆のところに連れてったげるね。ついて来て」
そういって、マッチャと名乗ったキツネは、葵を先導して歩き出しました。
葵とマッチャは歩きながらいろいろな話をしましたが、葵が京都に住んでいながら京都についてまるで知らないことにマッチャは大層驚きました。
そして「じゃあこれからボクが少しずつ京都のこと、教えてあげるよ。またね!」と言って、雑木林の中に消えていきました。
葵はまだ半信半疑でしたが、かわいらしい人語を理解するキツネとの不思議な出会いをそっと心の中に閉まったのでした。